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2年前の年末の話

diary idol エビ中

2015.12.1 の話

 

宮崎れいなちゃんに会った。転校からは約4年ぶり、最後に会ってからは約3年半ぶりだ。ザキミヤが辞めてから、私は何度も泣いた。その度に、いい大人が10代の女の子がいろんな重荷を背負っていた中で決断したことを何で素直に応援してやれないんだよってまた泣いた。ザキミヤが辞めてからエビ中は行かなくなった。エビ中というグループは大好きだったけど、ザキミヤがいなくなった今誰を見たらいいかわからなかったしメジャーデビュー以降急速なスピードで売れていったエビ中は中途半端な気持ちではいろんな意味で見ていけなくなったし、そこでいわゆる新規の人たちがエビ中最高だ!と言っているのを見ても「何言ってんだよ、宮崎れいながいるエビ中の方が最高に決まってんだろ馬鹿野郎」と思って、どんどん私の知っているエビ中ではなくなってしまっていく気がして勝手に寂しかった。今となっては辞めた直後みたいに泣くこともなくなったけど、やっぱり心のどこかで気にしていてあーそういえば元気かな?と所々で思い出す日々で、そんな中公式にザキミヤに会える機会が来るなんて思いもしなかった。

この日は友人が最前を引いてくれ、前に誰も被らない環境でザキミヤを見ることができた。本当にありがとう。もう4年も時が経てば少なからず面影も少し変わって大人になって、もしたまたまどこかですれ違ってもザキミヤに気付かずすれ違ってしまうんだろうな、なんて思っていた時もあった。だけど、なにも変わってなかった。あの日から何も。ケラケラした笑い方、人の話を聞く時の表情、しゃべり方、驚いた時の顔、ふとした時のほっぺた、舌ぺろ、なにもかもがあのときのままだった。前方に当時のオタクがいても特に手を振ることもなく、スッとしていた。ただ、ずっとかわいくなっていた。

今ザキミヤは高3で、アイドルを辞めてからの高校生活は部活のチアに没頭していたようだ。私も高校の時は厳しめの運動部にいて当時は死ぬほど辛かったけど、今はその高校時代は無駄じゃなかったと思ってる。バイトや遊びなんてそのあといくらでもできるし。そしてその経験をした今、あの当時校長がどうしてれいなに怒ったのかがわかったという話をしていたとき、ザキミヤはちょっと大人な顔をしていたし、あぁこんな話を聞けるなんておたく冥利につきる幸せだなんて思った。制服の着方も結構厳しくて辞めた後に「ピアス空けてパーマかけて髪染めた!」とあのケラケラ声で笑いながら言っていたときは今までで聞いたこの類の報告の中でいちばん爽やかでいい報告で、ちょっと泣きながら笑った。

 

最後の質疑応答では少しだけザキミヤと喋った。緊張しすぎてよく覚えていない。最後ステージを去る時、最後にちらっと見てくれるかなと期待したけどスッと立ち上がり帰っていったのでそれすらも彼女らしくて、あぁー好きだなと思わざるを得なかった。

 

ザキミヤが辞める日にPerfumeのコンベスをあげた。PSPSとwonder2を聴いてほしかった。今日この時間に、あの日止まった時計がまた動き始めたら幸せな物語永遠だよwonder2

 

長い間会わないと何を忘れてしまうって声なんだと思う。あのケラケラ笑いは大好きだったけど、少しずつ消えて行ってしまうんだよね、悲しいことに。今回はその声が聞けたのがとても嬉しかった。

 

そうだ

最後にしゃべったラフォーレでは「またエビ中来てよね」「うん」と話をしたのにエビ中に行かなくなったのは私の方だったな。

ザキミヤは理想のアイドルの辞め方をしてくれたんじゃないかなと今になって思う。ザキミヤ、幸せになってな。

 

ameblo.jp